今回ご紹介するのは、株式会社松尾研究所で、技術の社会適用を目指した様々な基礎研究を遂行するシニアリサーチャーとして働く小川雄太郎さん。ディープラーニングや機械学習といったAI分野の技術に、「脳・神経科学」の最新知見を統合させることで、より知的なシステムを実現させる研究・開発に取り組まれています。新たな活躍の場として松尾研究所を選ばれた理由、今後の展望についてお聞きしました。(小川さんのインタビューは、前・後編の2回でお届けいたします。)
人類は、10年前想像した社会にまだ到達できていない。
ー 現在の研究内容の概要を教えてください。
松尾研究所では、東京大学松尾研究室とビジョンを共有し、社会適用を目指した様々な基礎研究を実施しています。私は、そのなかでも、ディープラーニングや機械学習といったAI分野の技術に、「脳・神経科学」の最新知見を統合させることで、より知的なシステムを実現させる研究・開発に取り組んでいます。一般には、「NeuroAI」[1] もしくは「ディープラーニング × 脳・神経科学」と呼ばれる分野となります。
昨今のディープラーニングの研究・開発の大部分は「Transformer」をベースにしており、そのモデルを大規模化することによって、特定タスクについては人間の能力に匹敵するような、驚きの成果を上げています。一方で、私はこのような現在のディープラーニングの大規模化勝負の延長では、真に知的なシステムの実現は難しいだろうと考えています。2012年頃にディープラーニングが登場してから約10年が経過しました。
しかし残念なことに、現在の社会はその頃に期待されたレベルには到達できていないと感じています。2013年頃、IT・AI技術の発展により、多くの仕事がAI・コンピューターに代替されると予想されました。しかし、実際にはいまだに多くの仕事が存在しています。[2,3]
ー 今後、ディープラーニングはどう発展・進化していくべきだとお考えですか。
現在のディープラーニングは、大部分が特定タスクに特化した特化型のタスク志向AIであり、「システム志向AI」ではありません。「システム志向AI」とは私が使用している造語ですが、「汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)」とは異なる概念です。「システム志向AI」の「システム」という言葉は、完了させるのに必要とする時間が長く、次々と複数の様々な小さなタスクの実施を繰り返すことで、最終的な目的が達成できる対象を意図しています(たとえば運転業務や漁業、秘書業務など)。すなわち特定タスクを代替するAIではなく、何らかのシステムを代替するAIとも言えます。
このような「システム志向AI」を実現するには、まさに人間の脳が実現しているように、様々な種類のデータと様々な種類のタスクを次々と学習しながら、複数の小システムを徐々に実現できるようになっていくことが重要となります。すなわち、“学習内容を積み重ねられる”ことが大切になります。
人間の場合も一般的には、社会で仕事を新人レベルでできるようになるまでに、小学校から大学まで約16年もの間、学習を積み重ねていきます。人間のように徐々に段階的に学びを積み重ねて、システムとして動作するAIを「ディープラーニング × 脳・神経科学」の文脈から目指しています。
現在のディープラーニングは脳・神経細胞の働きを模している部分も多いですが、昨今の脳・神経科学の発展、知見を鑑みると、もっとAI・機械学習・ディープラーニング側に持っていける、持っていくべき脳・神経科学の知見があり、それがディープラーニングの進化につながると考えて、研究・開発に日々取り組んでいます。
この研究に出会わなければ、ここにいなかった。 こんなスリリングな研究生活は、人生で二度と体験できない。
ー 新たな活動のフィールドとして、松尾研究所を選ばれた理由を教えてください。
私は今年36歳になります。35歳になる少し前のタイミングで、これからの、35歳から40歳の重要な5年間のキャリアを何に取り組んでいくのか検討していました。30歳までに培った「脳・神経科学の知識・スキル」、そして30歳から35歳までに培った「ITとAI・ディープラーニングの知識・スキル」、これらをかけ合わせて、新たな知能・AI系の研究・開発に取り組んでみたいと考えていました。
私自身、松尾先生が提唱している「動物OSと言語アプリの2階建て」知能構造 [4]について、とても共感していました。
知能といっても、きっと犬や猫にも知能はあると思いますが、犬レベルの知能をゴールに研究して、実現できたとしても、恐らくすぐに人間社会で役立つものは少なく、やはり人間社会で役立つ知能を創るには、言語という人間特有の知能の源が重要であろう。そしてきちんとそれらの言語レベルの知能と、犬・ネコ・猿レベルの知能を区別することと、それらをうまく融合していくことが大切だと考えていました。
当時の私は、松尾先生が脳・神経科学の最新の知見を活かし、ディープラーニングを発展させたいと考えていらっしゃることを知らなかったのですが、両分野の融合と刺激について2021年に先生が論文公開されているのを読み[5]、「ディープラーニング×脳・神経科学」を推進していくことを知りました。
奇しくも同じ時期、世界に目を向けると、Facebook社はMeta社と社名変更し、AIの研究を推進してきたヤン・ルカン先生はこれまで強く主張されてきた「自己教師あり学習の重要性」[6] に加えて、「脳・神経科学とディープラーニングとの融合により、より知的な次の世代のAIを作っていくための仲間の募集」[7,8,9,10] へと動き始めていました。
このようにGAFAはじめ世界レベルで似た動きが始まろうとしており、上記ルカン先生が公開しているアプローチは、松尾研究所の考えるアプローチと違う点は多いですが、目指しているビジョンそしてキーワードは、一致するものが多いように感じます(ディープラーニング、強化学習、世界モデル、変分オートエンコーダー、自己教師あり学習、自然言語処理、画像処理など)。
また、この頃我が家では、第一子の誕生を目前に控えていました。
新しい命の誕生、赤ちゃんという「生命知能」が真横にいて、その発達を観察・育児しながら、「人工知能」の研究ができる。こんな研究生活ができる機会は、おそらく人生でもう二度とないだろう、すべてのタイミングが一致し、運命的だと感じました。
こうして前職のSIerでのAI系の研究・開発の職務から、松尾研究所での「ディープラーニング × 脳・神経科学」の基礎研究および開発へ転職することを決断しました。
新しいチャレンジの場としての松尾研究所。壮大なビジョンの具現化に向けて、挑戦の日々。
ー 松尾研究所に入社され、どんな感想を持たれていますか。
松尾研究所に入社して驚いたのは、社内だけに止まらず、東京大学松尾研究室や松尾研発スタートアップなども含んだコミュニティの規模の大きさと、質の高さでした。研究の人員、インターンをしている現役の大学生・大学院生、スタートアップ企業を創業している松尾研の卒業生を含め、レベルの高い人材が集まる場だと感じました。また、このコミュニティに自然と集まってくる情報の密度やレベルの高さが想像以上でした。
やはり、AI系をやっていくのであれば、松尾先生、松尾研コミュニティに身を置いている方が、人材、情報の質、密度、レベルが高くて、非常に効率的で効果的だと感じています。
とはいえ、正直、入社するまで松尾研究所は怖かったです(笑)。それまで企業で、SIerで勤めており、ガチガチの研究環境からは離れていましたので、東京大学松尾研究室とビジョンを共有し、松尾先生が技術顧問を務める「松尾研究所」において、企業のリサーチャーとして求められるレベルの成果を出せるのか、不安に感じていました。
基礎研究発のビジネスを構築している過程であるため、不確実性が非常に高い内容であり、やはり、思い通りに成功するか不安はあります。しかし、一歩ずつ前進し、少しずつ描いている完成図に近づいていることに、その不安を上回る、圧倒的なやりがいと面白さを感じています。企業でのリサーチャーとしてAI系に取り組む場合に、松尾研究所以上の場所を探すのは難しいのではと今では感じるほど、充実した毎日です。
ー ありがとうございます。少し話は変わりますが、お子さんが誕生されて間もないとのことで、どんな毎日を過ごされていますか。
朝は、5時前に起きてすぐに業務に着手します。その後、6時半頃に現在1歳になる子供に朝食を食べさせます。離乳食が始まってからは、なかなか集中して食べてくれないので少し大変になりました。ですが、少しずつ食べられるものが増えていき、もうすでに本人なりに好き嫌いもあるようで面白いですね。
7時30分頃から18時までの時間は、ほぼずっと研究しています。途中、チームメンバーと定例ミーティングを行い、自分の考えているアイデアをメンバーに伝えディスカッション。それを元に考えを整理し、仮説検証を行います。
現在はビジネスのための研究を主眼においているため、論文を書くことはしていません。実は論文を読むこともあまりしません。研究の時間は、主にはアイデアレベルの「こうやったらできるんじゃないか」という仮説を立てて実装してを繰り返し、アイデアが浮かばなくなってはじめて、論文調査を行ったりします。
<小川さんのとある一日>5:00 起床・起きてすぐに業務に着手
6:30 子供に朝食を食べさせる
7:30 研究
9:30 チームメンバーと朝のミーティング
18:00 子供とお風呂に入る
19:00 夕食
20:00 子供を寝かしつける
20:30 自由時間 本や漫画を読む(たまに研究)
22:00 就寝
一歩一歩ビジョンに近づいていることが実感できること。それが何よりの原動力。
ー やりがいを感じているポイントについて教えてください。
私たちが掲げている、「ディープラーニング×脳・神経科学」によるアプローチとビジョンは、例えるのであれば、法隆寺を建立するかのように、壮大で緻密なものです。私たちメンバーは、そのための細かなパーツの設計や、設計手順を考え、少しずつ組み上げるために、日々格闘しているような状況です。
まだまだ基礎研究発の新ビジネス構築の初期段階のフェーズにあり、ディープラーニングを中心にしつつも、今までにない方法によるアプローチのため、現時点では最初のハードルの突破を目指している状況です。
メンバー間で密にディスカッションをしては、プロトタイプを創って、技術顧問の方々にぶつけ、時に松尾先生からもフィードバックをもらっては、またメンバー間でディスカッションして、次のプロトタイプを創ってディスカッション。この繰り返しです。
ー 今後どんな人と働いてみたいですか。
まずは、大前提として「ディープラーニング×脳・神経科学」に共感を持てること。そして、新たな手法を、ゼロベースで仮説検証を繰り返し作っていけるだけの知力と好奇心。専門外のことでもキャッチアップしていける能力。それらを合わせもった方とぜひ一緒にプロジェクトを進めていきたいと思っています。
現在のフェーズは、まさに企業で研究発新ビジネスを構築するための0から1を突破する醍醐味を存分に感じられるステージだと思います。
今後、「ディープラーニング × 脳・神経科学」、そして松尾研究所のアプローチに共感できるメンバーが増え、このプロジェクトの進展・拡大が加速していくことを願っています。
<後編へ続く> より良い知能を創り出すことで、人間の知能を理解したい。その知見を人間の「教育」に役立てることが夢。
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–––––(プロフィール)
2002年:明石高専 電気情報工学科入学
2007年:東京大学工学部 精密工学科編入学
2016年:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 博士号取得 「脳機能計測と神経細胞集団の数理モデル」の研究
2016年-17年:東京大学 先端科学技術研究センター 特任研究員
2017年-22年: 株式会社電通国際情報サービスに入社AI関連の受託案件・製品開発・研究などに従事
2022年より現職
明石高専で生物×工学に強い興味を持ち、生体医工学(筋電義手)に関する卒業研究に従事。周囲の友人や後輩に教える機会が多かったため「教育」にも興味を持つ。
大学編入学後の研究室選択の2010年頃、脳科学ブームが到来。ヒトの脳血流変化の可視化や、脳波を計測して意図的に物を動かすBCI(ブレイン・コンピューター・インターフェイス)などの研究が発展。教育とも相性が良さそうだと感じ研究を開始。工学の観点から神経科学の分野で博士号を取得。
松尾研究所でより良い知能を創り出すことで、逆に人間の知能を理解し、それを人間の「教育」に役立てていくことを目指している。
(研究内容・著書:小川雄太郎)
・アジャイルとスクラムによる開発手法 ~Azure DevOpsによるプロフェショナルスクラムの実践(22年6月)[link]
・つくりながら学ぶ! PyTorch による発展ディープラーニング(19年7月)[link]
その他、著書、論文、学会発表はこちらから [link]
(引用)
[1] 「Toward Next-Generation Artificial Intelligence: Catalyzing the NeuroAI Revolution」(2022)[link]
[2] カール・ベネディクト・フレイ及びマイケル・オズボーン「The Future of Employment: How Susceptible are jobs to computerization?」(2013)[link]
[3]「人工知能の経済学」視点で考える第4次産業革命――雇用なき経済成長と認知アーキテクチャ [link]
[4] JSAI2020 招待講演「世界モデルと記号処理」松尾 豊 [link]
[5] 認知科学 解説特集 深層学習と認知科学 「深層学習と人工知能」(2021)[link]
[6] ディープラーニング 学習する機械 ヤン・ルカン、人工知能を語る KS科学一般書(2021年)[link]
[7]「Yann LeCun on a vision to make AI systems learn and reason like animals and humans 」(2022年2月)[link]
[8]「Opening Keynote: What is the Future of AI?」ヤン・ルカン [link]
[9]「A Path Towards Autonomous Machine Intelligence (JEPA) 」[link]
[10] AIの第一人者ルカン氏、現在のアプローチの多くは真の知能につながらないと批判(2022年)[link]