松尾研究所、エージェントAIによるビル空調制御に関する研究成果が国際論文誌「Data-Centric Engineering」に採択 ― ACM BuildSys 2024特選論文として招待
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Date
2025.07.15
株式会社松尾研究所(東京都文京区、代表取締役:川上 登福)は、三菱電機株式会社と共同で執筆したエージェントAI(生成AI)を用いてビル空調(HVAC)制御を高度化する研究論文が、Cambridge University Pressが発刊する国際論文誌「Data-Centric Engineering」に採択されたことをお知らせします。
本論文は、2024年にエネルギー応用分野のトップカンファレンス「ACM BuildSys 2024」にて発表した研究成果が特に高く評価され、特選論文として同誌に招待されたものです。今回の論文では、AIに予測の「理由」を説明させるプロンプト技術「Data-Driven Reasoning」によって、空調制御の予測精度が劇的に向上することを新たに発見・実証しました。
◾️研究の背景
オフィスビルや商業施設におけるエネルギー消費のうち、空調(HVAC)システムが占める割合は非常に大きく、その効率的な運用は脱炭素社会の実現に向けた喫緊の課題です。しかし、従来のHVAC制御は、専門家の知見に基づく画一的な設定や、単純なルールベースの制御が主流であり、天候、時間帯、在室人数といった動的に変化する環境要因にリアルタイムで追従し、エネルギー効率と快適性を両立させることは困難でした。
近年、大規模言語モデル(LLM)に代表される生成AI・エージェントAIの発展は目覚ましく、これらの技術を現実世界の物理システム制御に応用する「サイバーフィジカルシステム(CPS)」への期待が高まっています。
◾️研究成果と本論文の新規性
本研究では、エージェントAIを活用してHVAC制御を最適化する新たなフレームワーク「Office-in-the-Loop」を提案・構築しました。基盤となった実環境での実証実験では、エネルギーと快適性のトレードオフを解消し、最大48%のエネルギー消費削減と同時に26%の快適性向上を達成しています。 これは、室内のIoTセンサー情報や利用者からのフィードバックをリアルタイムで収集し、クラウド上のエージェントAIが状況を判断して最適な制御指示を空調機に送るという、人間とAI、物理空間が連携するサイバーフィジカルシステムのループを形成するものです。
今回の論文誌への採択にあたり、私たちはこのシステムをさらに進化させる、エージェントAIが持つ興味深い特性を新たに発見しました。
◾️エージェントAIの課題:数値の厳密な予測
生成AIは文章作成や要約は得意ですが、複雑な数値を厳密に予測することは苦手とする側面があります。実際に、最先端の生成AIに空調の最適温度を予測させても、約半数(50%)の予測が2℃以上ばらつきを持つなど、実用化には課題がありました。

◾️新発見「Data-Driven Reasoning」による精度の飛躍的向上
この課題に対し、私たちはAIへの指示(プロンプト)に「得られたデータを基に、なぜその予測値が最適と考えられるか合理的な説明をしてください」という一文を加えるだけで、予測精度が劇的に向上することを発見し、この手法を「Data-Driven Reasoning」と名付けました。
この手法を用いることで、最適温度の予測精度は、誤差±1℃以内に収まる割合が最大94.51%(従来手法では約50%)に向上。さらに、誤差±0.5℃という非常に高い精度での予測も最大92.31%の精度で予測可能であることを実証しました。これは、AIが単に数値を出すだけでなく、データに基づいた「推論」のプロセスを経ることで、より正確な解を導き出せることを示唆する重要な発見です。

◾️本論文採択の意義
本研究は、エネルギー応用分野のトップカンファレンスである「ACM BuildSys 2024」で発表後、特に優れた論文のみが選ばれる特選論文(Selected Paper)に選出されました。今回の「Data-Centric Engineering」誌への掲載は、その成果をさらに深化させた招待論文としての採択であり、本研究の学術的価値と新規性が国際的に高く評価されたことを示すものです。
また、本研究成果はマルチメディア分野のトップカンファレンス「ACM Multimedia 2025」の産業界セッション(Industry Expert Talks)においても発表されることが決定しており、学術界・産業界双方から大きな注目を集めています。
◾️今後の展望
本研究で発見した「Data-Driven Reasoning」は、リアルタイムの現場データを用いてAIが意思決定を支援する、あらゆるサイバーフィジカルシステムに応用できる可能性があります。今後は、これまで専門家が経験と勘で構築してきた制御モデル自体をAIが自律的に生成・最適化する世界の実現を目指します。
松尾研究所は、本研究で得られた知見を活かし、産学連携による省エネルギーと快適性を高度に両立する次世代のビルマネジメントシステムの社会実装を推進し、持続可能な社会の実現に貢献してまいります。
◾️論文情報
論文タイトル: Office-in-the-Loop: an investigation into Agentic AI for advanced building HVAC control systems
著者: Tomoya Sawada, Masahiro Mizuno, Takaomi Hasegawa, Keiichi Yokoyama and Mayuka Kono
掲載誌: Data-Centric Engineering (Cambridge University Press)
DOI: [doi:10.1017/dce.2025.10010]
URL: http://doi.org/10.1017/dce.2025.10010
◾️株式会社松尾研究所について
株式会社松尾研究所は国立大学法人 東京大学 工学系研究科 松尾・岩澤研究室に伴走し、大学を中心としたイノベーションを生み出す「エコシステム」を作り、大きく発展させることを目的に設立された研究所です。松尾・岩澤研究室の「研究」の成果・技術の「開発・実装」を行い、広く社会に普及を目指し、日本の産業競争力の向上に貢献しています。
URL:http://matsuo-institute.com/
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株式会社松尾研究所 広報担当 pr@matsuo-institute.com